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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)4522号 判決

原告(反訴被告) 盛通企業株式会社

右代表者代表取締役 松本信平

右訴訟代理人弁護士 谷浦光宣

被告(反訴原告) 日京氷業株式会社

右代表者代表取締役 関根源治

被告 浅沼達雄

右被告ら訴訟代理人弁護士 大高三千助

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  反訴原告の請求を棄却する。

三  訴訟費用は本訴反訴を通じてこれを二分し、その一を原告の、その余を被告らの負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

本訴請求の趣旨

一  被告らは原告に対し、各自金七五万円及びこれに対する昭和四八年七月六日から完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

三  仮執行の宣言

本訴請求の趣旨に対する答弁

一  主文第一項と同旨。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

反訴請求の趣旨

一  反訴被告は反訴原告に対し、金一五〇万円及びこれに対する昭和四九年六月一五日から完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二  訴訟費用は反訴被告の負担とする。

三  仮執行の宣言

反訴請求の趣旨に対する答弁

一  主文第二項と同旨。

二  訴訟費用は反訴原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  本訴請求の原因

1  原告は別紙目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を所有している。

2  被告日京氷業株式会社(以下「被告会社」という。)は本件建物を賃借占有していたところ、原告との間に昭和四七年一〇月二六日、次の内容を有する裁判上の和解が成立した。

(イ) 被告会社は原告に対し、右両者間における本件賃貸借契約が昭和四五年七月一五日をもって解除されたことを確認する。

(ロ) 被告会社は原告に対し、昭和四八年四月末日限り本件建物を明渡す。

(ハ) 被告会社は原告に対し、本件建物を第三者が占有していないことを確認し、前項の明渡期限まで本件建物の占有状態及び占有名義を変更しない。

(ニ) 原告と被告会社との間には、本和解条項を除いて何らの債権債務の存在しないことを相互に確認する。

3  昭和四八年四月末日が経過したので、原告は被告会社に対し、右和解調書に基づいて本件建物明渡の強制執行に及んだところ、被告浅沼達雄は原告に対し、本件建物の一部を被告会社とは別箇に独自に占有している旨を主張して当庁に第三者異議の訴を提起(当庁昭和四八年(ワ)第二二〇一号)し、右強制執行の停止決定を得るなどして抗争し、被告らは同年七月初め頃に至るまで本件建物の明渡に応じなかった。

4  原告は前記和解成立により訴外株式会社八重洲本社(以下「訴外会社」という。)との間で、原告の責任において本件建物を取毀し、その敷地に原告と訴外会社との共同ビルを建設する契約を締結していたところ、被告らの明渡遅延により原告は訴外会社に対して本件建物取毀義務の債務不履行責任を負い、訴外会社に対して同年七月六日、違約金として金七五万円の支払を余儀なくされ、即ち同額の損害を被った。

5  よって原告は被告らに対し、被告らの共同不法行為責任及び被告会社の債務不履行責任に基づき、右損害金七五万円及びこれに対する原告の訴外会社に対する右金員支払の日である昭和四八年七月六日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  本訴請求の原因に対する認否

1  第1項及び第2項は認める。

2  第3項も認める。但し、被告浅沼は本件建物の一部を本件建物の前所有者であった訴外萩原英次郎から使用貸借していたものである。従って被告会社のみを債務者とする前記和解調書をもって被告浅沼に対して建物明渡の強制執行をなし得ないのは当然であって、被告浅沼の第三者異議の訴の提起等は正当な権利の行使である。

3  第4項は不知。

4  第5項は争う。原告が前期和解調書記載の明渡期日までに本件建物の明渡を得られなかったのは、被告浅沼に対して明渡の方法を講ずることを怠った原告の不注意によるものである。

三  反訴請求の原因

1  本件建物はかつて訴外萩原英次郎が所有していたところ、反訴原告は昭和三九年四月頃、右萩原より本件建物を賃借し、昭和四一年四月二三日、右萩原に対して敷金として金一五〇万円を支払った。

2  その後本件建物について抵当権を有していた訴外東商信用金庫の申立によって任意競売手続が開始され、これを競落した反訴被告は、昭和四二年二月二〇日に競落許可決定を得て本件建物の所有権を取得すると共に、反訴原告に対する賃貸人としての地位を承継した。

3  反訴原被告間において本訴請求の原因第2項記載の和解が成立して右賃貸借契約は昭和四五年七月一五日に終了したとされ、反訴原告は昭和四八年七月初め頃、反訴被告に対して本件建物を明渡した。

4  よって反訴原告は本件建物の賃貸人であった反訴被告に対し、右敷金一五〇万円及びこれに対する弁済期の後であることが明らかな本件反訴状送達の日の翌日である昭和四九年六月一五日から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

四  反訴請求の原因に対する認否

1  第1項中、反訴原告が訴外萩原に敷金を支払ったとの点は否認する。

2  第2項及び第3項は認める。反訴原被告間において昭和四七年一〇月二六日、本訴請求の原因第2項記載の裁判上の和解が成立し、同和解条項を除いて反訴原被告間には何らの債権債務関係の存在しないことを相互に確認済みである。

第三証拠関係≪省略≫

理由

第一本訴請求について

一  本訴請求の原因第1項ないし第3項の事実、即ち本件建物の所有者である原告と本件建物の賃借人であった被告会社との間で昭和四七年一〇月二六日に原告主張通りの裁判上の和解が成立したところ、本件建物には他に被告浅沼が独自の占有権原を有している旨主張して原告の前記和解に基づいた本件建物明渡を求める強制執行に対して第三者異議の訴を提起し、強制執行停止決定を得るなどして抗争したため、結局本件建物の明渡は右和解に定められた昭和四八年四月末日より約二箇月後である同年七月初め頃まで遅延した事実は当事者間に争いがない。

二  そこで次に右事実に対する被告らの責任について検討する。

まず被告会社について判断するに、被告会社は前記和解成立により、原告に対して昭和四八年四月末日限り本件建物を明渡す債務を負っていたことは前述の通りであるから、被告会社が本件建物を同年七月初め頃に至るまで占有していたことは原告に対して債務不履行を構成すること明らかである。

次に被告浅沼については、同被告は本件建物について独自の占有権原を有していた旨主張するのでこの点について判断するに、被告会社代表者は、被告浅沼は昭和三九年七月から被告会社とは別箇に、本件建物中一番奥の一室を訴外萩原英次郎より借り受けていた旨供述する。しかし≪証拠省略≫によれば、同年四月に被告会社が設立された折りに、被告会社は同社の監査役に就任したところの訴外萩原英次郎から、同人が従来個人で営んでいた氷小売業の店舗として用いていた本件建物の全部を借り受け、その一部を被告会社の事務所として、その余の部分を同社の従業員の宿舎として使用してきた事実が認められ、また被告会社代表者尋問の結果によっても被告浅沼は被告会社の役員である事実が認められる。これらの事実に照らすときは、被告浅沼は昭和三九年中から本件建物の一部を被告会社とは別箇に訴外萩原から借り受けていた旨の被告会社代表者の前記供述はたやすく措信し難く、≪証拠省略≫も、昭和四七年三月ころの時点において被告浅沼が本件建物の一部を占有していた事実を証明するに過ぎないから、本件建物の一部に対する被告浅沼の独自の占有権原を証明するものではなく、他に被告浅沼の主張を認めるに足りる証拠は存しない。してみれば被告浅沼も原告に対する関係では本件建物の一部を不法に占有していたものと言わざるを得ないから、これによって原告が被った損害に対しては被告浅沼もその不法行為責任を負うべき筋合となる。被告浅沼の主張する通り被告会社のみを債務者とする和解調書を債務名義としては被告浅沼に対する本件家屋明渡の強制執行をなし得ないことは言うまでもなく、従ってこれに対して第三者異議の訴を提起して強制執行の停止決定を得るのも原告の本件建物明渡の強制執行に対しては第三者の権利の行使としてもとより適法なものであるが、それも原告の建物明渡の強制執行に対抗する限りのものであり、本件建物の一部を占有していること自体が本件建物の所有者たる原告に対して不法行為を構成すること前示認定の通りである以上、原告に対する損害賠償責任を免れるべき道理は存しない。

三  そこで進んで、原告に生じた損害及び右損害と被告らの本件建物占有との相当因果関係を順次検討すべきことになり、原告は本件建物に対する被告らの明渡遅延による損害額を金七五万円と計上するのであるが、本件全証拠によっても右事実を認定することはできない。のみならず、原告に生じた何らかの損害を認めるべき何らの証拠も存しない。

してみればその余の諸点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は失当であるという他はない。

第二反訴請求について

一  反訴原告が昭和三九年四月頃、本件建物を訴外萩原から賃借した事実は反訴被告において明らかに争わないので、これを自白したものとみなす。而してその後である昭和四二年二月二〇日に反訴被告が本件建物を競落によって取得し、本件建物の賃借人である反訴原告に対して訴外萩原から本件建物の賃貸人としての地位を承継したことは当事者間に争いがない。

二  そこで反訴原告の敷金支払の事実について判断するに、≪証拠省略≫によれば、反訴原告は昭和四一年四月二三日、当時本件建物の賃貸人であった訴外萩原に敷金として金一五〇万円を支払った事実を認めることができる。よって本件建物の賃貸借が終了し、その明渡が了されていることについて当事者間に争いがない現段階では、反訴被告は反訴原告に対して右敷金を返還すべき筋合となる。

三  ところが、反訴原被告間において昭和四七年一〇月二六日、本訴請求の原因第2項記載の内容を有する裁判上の和解が成立したこと、殊に右和解条項中、同和解条項を除いて和解当事者間に何らの債権債務の存しないことを相互に確認する旨の一項が存することについては当事者間に争いがない。右和解は本件建物の所有権を取得した反訴被告と前主萩原から本件建物を賃借していた反訴原告との間での本件建物の明渡をめぐって発生した紛争を最終的に解決しようとしたものであり、そのために和解当事者たる反訴原被告双方が本件和解条項に盛り込まれている以外の事項に関する請求権はそれぞれ放棄したものであることは、≪証拠省略≫によってうかがわれるところの本件建物をめぐる反訴原被告間の紛争の経緯に照らして明らかである。

してみれば反訴原告が有していた敷金返還請求権も前記和解に際して放棄されたものと言わなければならず、右和解を無視する反訴原告の本件敷金返還請求もまた失当である。

第三結論

以上の事実及び判断によれば、原告の本訴請求及び反訴原告の反訴請求はいずれも理由がないからこれらを失当として棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条及び第九二条本文を各適用して主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 倉田卓次 裁判官 井筒宏成 西野喜一)

〈以下省略〉

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